2005年09月30日

if...

今日のブログは、文章が支離滅裂になると思います。
そして、矛盾していることを書くかもしれません。
思いのまま書くんで、読みにくかったら、すみません。

そして、この日記は馬主さんへの反抗的な意見ではないです。
もしこの日記を読まれていて、気分を害されてしまったら、
本当に申し訳ありません。

元・出資者としての、そして私の素直な気持ちを述べただけなので、
どうか寛大な心で読んでいただきたいと思います。







ワンダの今後はどうなるんだろう。
中央を抹消されて盛岡所属になったのだけれども、
その盛岡を去らなくてはならなくなった時、私はどう思うんだろう。

ワンダは中央未勝利。そして盛岡でも着は拾うけど現在はまだ未勝利。
もし、仮に今の馬主さんがワンダを見限ってしまった時、ワンダの行く先は・・・。

そう思うと、言葉では言い表せない。


競走馬は「経済動物」といわれています。それは十分分かっています。
大きいお金が動いていますし、それで生計を立てている方もいるわけですから。

しかし、私は「経済動物」としてどうしても割り切れない。
それ以前に「一つの命をもった生き物」って思っているから。

「価値無し」と評価されたら、「生き物扱い」されずに、TVのスイッチを切るように
簡単に「命の灯火」を消されてしまう。

それが「競馬だ」と言われてしまえばそれまでなんだけど、やっぱり割り切れない。

ワンダが中央抹消された時、本気で引き取ろうと思った。しかし、考える猶予も無く
盛岡に行くことになり、ホッとした。
それはやっぱり最悪の結果を免れたから・・・。



しかし、また同じような状況になったら、色んな意味で私も覚悟をしなくてはいけないかも。



saki家では犬や猫などは飼わない様にしている。

家族全員が、思い入れが強すぎて「天命」をまっとうしたとしても、そのときの強烈な悲しみに耐えれる自信がないからだ。

みなさんからしたら、sakiのワンダへの思いは異常ともいえるかもしれないけど、
saki家では、結構普通な感覚なんですよね。



もし、ワンダが今の馬主さんの手を離れたら、次の馬主さんは見つかるのだろうか?

中央未勝利・盛岡未勝利・・・。そんなワンダを救ってくれる馬主さんはいるのだろうか?

もし、見つからなかったら・・・・・。


こういったら高慢かもしれないけど、私が最後の砦になるんだろうか?
私がワンダを引き取らなかったら・・・。

多分私は、一生後悔しそうだ・・・。
「一つの命を見捨ててしまった・・・・」って思うだろう。

そうなったら、今後競馬を楽しめないかもしれない。


悲しい事があったら絶対に振り返らなくなってしまう性格は自分が一番良くしっているし、
過去にもそうしてきた経緯がある。

私には地方馬主になるほどの収入はない。
そして今の仕事をしている限り一生その資格を取れる事はないだろう。



そんな私がワンダを万が一のときに取れる手段は、ただ一つ。



経済的にかなりの覚悟が必要だ。
その覚悟を決めなくてはいけない時期が来るかもしれない。
それは年内にくるのか、来年に来るのか、分からない。


「一つの命」
どうしても私には、それが大切なものとしか考えられない。

何とかできるものならば、なんとかしたい。

割り切れるのだったら、中央を引退したときに割り切れているはずだ。

それが出来なかったし、それが自分の素直な気持ち。
今は、後悔はしていないし、充実した楽しい日々を送れているし、仕事に対しても
張り合いをもって望めていれる。


一口馬主には色んなスタイルがあるし、否定も肯定もしない。

ただ、私のスタイルはこういった形だと言うことを言いたい。


以前、こういった私のような一口馬主スタイルは、「一口馬主」向きではないかもしれない
と書いた。1頭の馬に思いいれが強すぎるからだ。


変な話、この世には「男」と「女」しかいないわけで、「男」の私としては「女」に魅かれる訳で、どんな「女」でも良いって訳ではない。
「出会い」があって、「心魅かれた」人を大事にしたいと思うわけで・・・。

それが私の「競馬」の場合、「出合った」のが「ワンダ」でこの縁を大事にしたいと思うのは当然である訳で・・・。


どうしても「経済動物」と割り切れない自分がいる。

どうしても「気持ちを裏切れない」自分がいる。

どうしても「見限れない愛馬」がいる。

私のとるであろう行動は、おそらく自分でも分かっている。

決断を迫られるときは、いつか来るだろう。



私はワンダの横断幕に「己の旅路を斬り開け」と書いた。
それは、自分自身への思いも込めた。

私には私の行き方がある。
ワンダにはワンダの生き方がある。
お互い「己の旅路」を切り開かなくてはいけないだろう。

しかし、人間でないワンダには最終的な判断は人間に委ねられてしまう。

その時に私へ委ねられてもいいようにするのが、私の「旅路」なのかも知れない。

競走馬としてのワンダの姿を見ていたい。見せてくれるのがワンダの「旅路」かもしれない。

いつか、この2つの「旅路」が一つになる日が来るかもしれない。


その日は、近いのか遠いのかは、分からない。




この日記を書いていて、やっぱり私の覚悟は決まっているんだなって思った。





人生は一度きり!!絶対に後悔したくない!!

自分の生き方を貫き通したい。

そして、やっぱり「一つの命」を大事にしたい。







※最後にもう一度。

ワンダの馬主さん、この日記によって気分を害されたら申し訳ありません。
また、私と違うスタイルの一口馬主のみなさんを否定するような文面があったらすみません。




posted by saki at 23:04| 静岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 競馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
sakiさんの「生き物への想い」は、人としてまっとうな考え方だと思いますよ。

競馬を「商売」として理解している人にすれば不可解な事かも知れないけれど、ワンダリングナイトそのものを愛した人にすれば、その運命が「岐路」に立たされている以上、座視できないのは当然です。

私が毎日観ていたNHKのドラマでも、走れなくなった競走馬を主人公が引き取ろうと思い、悩んだ末にその願いを叶えました。

競走馬でもない、乗馬でもない馬を個人で養う事は、確かに犬やネコを飼う事とは訳が違います。
しかしそれほどのリスクを背負う覚悟が出来るほどの愛情は、きっとワンダリングナイトにも通じるでしょう。

PS:
sakiさん、アンタいい人だなぁ。
惚れ惚れします。
今の気持ちを貫いてください。
Posted by 船橋所属 at 2005年10月01日 01:32
とりあえず、今の気持ちは書いた通りなのですが
やっぱり相当な覚悟をしなくてはいけないので、
今からしっかりと考えていきたいと思っています。

一口馬主の楽しみ方は人それぞれなのですが、私はこういった選択を選びそうです。
まさか、こういった展開になるとは自分でも思ってもいなかったんですけどね。

ただね、自分が死ぬときに「いい人生だったなぁ〜」って振り返りたいんですよね。

PS.
とりあえず、この2・3日は仕事もそればっかり考えていたんだよね。夜勤頑張れよ〜!!
俺は来週〜。
Posted by saki at 2005年10月03日 22:49
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