2007年01月17日

あれから12年

12年前、sakiは「阪神・淡路大震災」を現地体験した。



ふと目が覚めた。

何か音が聞こえる・・・

地鳴りだった。

その直後、仰向けに寝ていた体が一瞬浮いた。

下から突き上げられた。

「ヤバイ」と思い、布団を頭からかぶった。

何も出来ず、身を守るのに必死だった。

他に何も出来ない。

ただ揺れがおさまるのをじっと待つだけ。



棚から物が落ちる音がする。

食器棚の中で激しく食器がぶつかる音がする。

天井落ちたら死ぬな・・・。

正直、そう思った。



揺れがおさまったあと、直ぐにNHKをつけ、
電話回線が不通になるのを恐れ、
すぐさま実家に電話し、無事であることを伝えた。



まだ仲が良かった頃、大学の親友トシの部屋に遊びに行ったとき、

「地震来たら危ないよ、本棚がモロに体に倒れてくるよ」と言っても、
「関西では地震が無いから、大丈夫。まぁ、sakiは静岡出身やからなぁ〜」

そんな会話をした。

案の定、トシはモロに本棚直撃を食らった。

幸い大きな怪我はしなかったけれど、
「『関西で地震は起きないよ』と言ったトシの言葉の根拠は
全く無いよな」って思っていた。


現在は、地元に戻っているsakiだけれども、
今でも家具の配置には、気を使っている。

やはり、いつ地震が起こるか分からないし、
最低限の安全は確保して寝たいと思っている。

sakiは静岡県民として、幼い頃から、いつ来るか分からない
「東海大地震」の意識を植え付けられていたため、
何かしらの対策は常にとっている。




夜が明け、新しい情報がどんどん伝えられた。

TVをつけると、三ノ宮が燃えていた。

「コレって、本物だよね。映画じゃないよな?」

あまりにも衝撃的な映像だった。


コンビニから全ての商品が消えた。

高速道路が倒れている。

目に入る情報全てが、現実のモノとは思えなかった。


大学は当然休校。

神戸方面への電車は不通。

当時は、まだ携帯電話が普及しておらず、友人の安否も確認できず、
不安な日々が続いた。

幸いなことにsaki「直接の友人」は皆無事だった。


しかし、そうではない友人もいた。

かける言葉が無かった。


「夢であって欲しいよね・・・」

そんな言葉が、震災直後の合言葉だった。




あれから、12年。

あの恐怖は体験した人間でしか分からないだろうけど、

sakiが言いたいことは、

突然の地震が起きたとしても、最低限の安全は意識し確保して、
生活して欲しい。

揺れている間は何もできないし、
揺れた後で避難用の荷造りしていては遅すぎる。

きちんと備えている人はどれぐらいいるのだろうか。



出来ることなら、地震は起きて欲しくないし、
誰も亡くしたくないし、誰も傷ついて欲しくない。

それは、人としての思い。

しかし、自然は人の思いなんて関係なしに災害を起こす。


無駄な備えとは思わないで、自分にとって大事な人たちのためにも、
何が起きてもいいように、備えだけはしていて欲しい。


まとまりのない下手な文章だけど、
あの大震災を経験したsakiから言わせてもらいました。


posted by saki at 23:08| 静岡 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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